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「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」

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米原万里著
「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」
新潮社 (1997/12)
ISBN-13: 978-4101465210


母がどっさりと貸してくれた米原さんの本の山。ようやく感想のスタート。
まずはデビュー作であり、いきなり読売文学賞を受賞した本書から。

海外在住組の端くれとして、つきまとうのは言語の問題。何でも言葉の形にしないと意志の疎通が成り立たないので、英語が不自由な私が、悔し涙をのんだことは無限の数。
そんな時、二言語・多言語を自在に操る人達の姿が、なんと眩しく見えたことか。あ、ちなみに現在進行形です。

米原さんは9歳から14歳の間、父親の仕事によりチェコのプラハに滞在、この間にチェコ語でなく、ロシア語で教育を受けるソビエト学校を選択したことにより、ロシア語の基礎を身につけられた。
しかし通訳となると、いくらロシア語が堪能でもできるものではない。日本人の為に日本語に訳すのだから、まずは母国語が教養あるレベルでないと、プロとして立つことはできないのだ。今、日本では子供の英語教育熱がますます盛んになっているようだが、その辺りの事情をどれだけ知ってのことだろう。

9~14歳というと言語の吸収・確立の時期であり、その時を他言語圏で過ごされた米原さんは、当然日本に帰国後はさぞ苦労されたことと思う。言葉のみならず、教育姿勢でもかなりのカルチャーショックを受けられたことも書かれている。
しかしご本を読む限り、並の日本人より遥かに素晴しい日本語を操られることに、ただただ驚く。語彙の豊富さ、テンポの良さ、歯切れ良く明確な説明、巧みに盛り込まれるユーモア。これだけのものを日本語で書かれ、さらにロシア語や英語まで話されるというのは、ご本人の努力は勿論だが、やはり天性のものがあったのだろうとしか思えない。

どれを読んでもほとんどハズレのない本ばかりだが、この第一作目では、通訳という職業について、表から裏から右から左まで、あますところなく分析して語っている。通訳という(私にとっては)天上に近い職業は、ただ憧れるだけで実態としては把握してなかったのだけど、実はこういう構造であったのか、こういう心得が必要なのかと、天から人間界へ姿を移し、肉を伴った形で示してくれる。
通訳と翻訳の差異、どこまで通訳が可能かという線引き、文脈の重要さ、時間との勝負。約300ページの中で、要らない情報はほとんどない。彼女の分析力や文章力のみならず、その知識量にも圧倒される。
更にその豊富な異文化体験を元に、現在の英語偏重傾向に、度々強い警鐘を鳴らしている。

昨年5月に、まだ56歳という若さで亡くなられた米原さん。この本の最後に、絶筆となった手紙も収録されている。
惜しい人を亡くした、という思いは何度も味わっているが、無知が故に生きている間に米原さんの著作を読まなかった自分は、せめて何度も作品を読ませてもらうことで、どこまでその隙間を埋めることができるだろうかと考えている。

  by wordworm | 2007-01-29 13:11

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