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「オリガ・モリソヴナの反語法」

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米原万里著
「オリガ・モリソヴナの反語法」
集英社 (2005/10/20)
ISBN-10: 4087478750

エッセイストとして人気だった米原さんが、唯一書いた小説がこの作品。

1960年、日本からチェコのプラハ・ソビエト学校に入学した少女、志摩。そこで出会った舞踊教師のオリガ・モリソヴナは、思春期の彼女に鮮烈な印象を刻み付け、30年たった現在でも忘れられない存在だ。その後翻訳者となった志摩は、思い立ってモスクワに赴き、旧友と力を合わせてオリガの半生を辿ることになる。

米原さんの自伝と、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を合わせたような内容。
以前に体験した鳥肌立つ思いを、この本は更に味あわせてくれた。涙を何度も流し、背筋が幾度も寒くなり。これが初めての小説とはとても信じられず、改めて米原さんの筆の力を思い知る。

スターリン時代が暗黒の時代とは聞いてはいたけれど、実際はとても遠い国で、概要さえも知らずに過ごしてきた。そんな自分を責めて自己嫌悪に陥るほどに、この本の描写は強烈だ。
残酷というものではなく、リアルという言葉もどこか違う。ひたすらに冷静で堅固で、その分、これが確かな史実だと信じるに至らせる。

「嘘つきアーニャ…」でも感じたけれど、米原さんの語り口は、悪い意味でなく、どこか距離があり、そして感情に溺れることがない。
これはもしかして、同時通訳でいらっしゃったことからくるものかもしれない。自らを浮き上がらせることなく、相手の語りたいことを伝えようと試みる。そんな姿勢が筆にも表れているのかもしれない、とふと感じる。

二転三転とする筋立て。最後の1ページまで波乱が続く。
そんな、一瞬も気が抜けない思いは、この時代の東欧の人々が全員抱いていたものに通じるのか、と口惜しい気持ちで思う。そして今でも世界のあちこちの国々で、そんな思いを抱き続けている人々がいることを、瞼を閉じて考える。
オリガという魅力に満ち満ちた女性を通して、米原さんが一番語りたかったことは何だろう。形を持たず、凝縮された濃度で、読者の心にダイレクトに落ちていく。たまらない量感だ。

これだけのものを、最初の小説で一気に詰め込んでしまった米原さん。
小出しにしようとか、長い目で書いていこうとか。そう考えられなかった結果であるこの本が、二度と読めない彼女の小説であることが、愛しくてまた切なくて、またもや涙がにじむ。

  by wordworm | 2007-05-11 11:21

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