タグ:国内ミステリー ( 13 ) タグの人気記事

 

読書記録:2013年8月

未読本がなくなってしまって、大変飢えていた月。
友人が色々貸してくれたので、なんとか生き延びた。(ぜえはあ)


虚偽証人

リザ・スコットライン 「虚偽証人」(上下)

リーガルミステリーでは、安定して好きなスコットライン。今作も女性弁護士が健気にがんばる設定で。
これで収まるか、と思いきや、ひっくり返される展開が続いて、最後まで目が離せなかった秀作。
あれこれ事件と人が絡み合って、これまた安定した面白さ。


冬の生贄

モンス・カッレントフト 「冬の生贄」(上下)

また新しい北欧ミステリー。女性警部補が活躍・葛藤する。
差別や悲しい過去が幾層にもなっていて、辛いながらも引き込まれて一気読み。
理想の国のように言われていた北欧が、決してそうではないということを、北欧ミステリーを読んで知らされるばかり。
それにしても北欧ミステリーが多く翻訳される昨今のブーム、ちょっと危惧しないでもない。
きっともっといろんな作品があるだろうに、「日本の読者はこれが好き」と決めてかかって、一部の作品しか訳していなかったらどうしよう、みたいな。


首斬り人の娘

オリヴァー・ペチュ 「首斬り人の娘」

大好物の歴史ミステリー。17世紀のドイツで、処刑史とその娘、若い医者が奮闘する。
時代ゆえの無知・偏見がもたらす社会の混乱、個人の運命の変遷は歯がゆいばかりだが、同時にその中で生きる人々の姿の逞しさと本能とエネルギーに、見習うべきものも感じずにはいられない。
まだもたらされない知恵と、その頃だからこその知恵の対比が面白い。


紳士の黙約

ドン・ウィンズロウ 「紳士の黙約」

前に読んで面白かった「夜明けのパトロール」の続編。またブーン&仲間の活躍が読める、と嬉しくて飛びついた。
期待に裏切らない面白さで、今回も一気読み。
義理と人情と正義感、そしてその中で生ききる勇気。下手な心理描写を入れないところが、更に良い。
ソッコーで前作を読み返し、その後でまた今作を読み返しても、面白さは変わらず。


神話の力

ジョーセフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ 「神話の力」

読み終わるのにどれだけかかったの、というぐらいに、長く読み続けた本。
神話学者のキャンベル博士とジャーナリストのモイヤーズ氏との対談なのだけど、1ページどころか1行あたりの情報量が凄過ぎて、1章だけでも何冊もの本に値する。
キャンベル博士もすごい方なのだろうが、インタビュアーのモイヤーズ氏の知識量がすさまじくて、だからこそ充実した本になっているという、この上ない見本。
神話・民話が大好きな私にとって、こたえられない一冊。もっと若い時に読んでいたら、進路が変わっていたかもなあ。


孤独のチカラ

齋藤孝 「孤独のチカラ」

友人から借りた本。齋藤氏はTVでは何度か見たものの、本を読むのは初めて。
人生の中で一度でも限りない孤独の時期を体験するのが必要、と著者の体験から語っている。
TVで見た氏からは想像しにくい自己像や過去に、ちと驚く。平易な文章で読みやすい。


乱鴉の島

有栖川有栖 「乱鴉の島」

犯罪学者の火村氏が探偵のシリーズ、こちらは長編。
孤島で起こる殺人というありがち設定、登場人物もある意味典型的で、軽い読み物として読む用。


容疑者Xの献身

東野圭吾 「容疑者Xの献身」

人気作家の東野氏の、人気のガリレオシリーズの長編。
なんだけど、ううむ、やっぱり日本のミステリーは苦手である。
最後のどんでん返しも切なくて、これはファンも多かろう、と思うのだが、なんだろうなあ。
締めの甘さ、いや、全体的な詰めや構成の甘さ・卑近さが、読み応えを感じさせにくいのかも。
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  by wordworm | 2013-09-15 10:02

「ねこのばば」

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畠中恵著
「ねこのばば」
新潮社 (2006/11)
ISBN-10: 4101461236

読書記録で、どこに分類したらいいか未だにわかってない「しゃばけ」シリーズ。待望の文庫化、第3弾。

相変わらず、「せっせと間を置かずに、死にかかる」若だんなを中心に(…)、今回は全部で5編の短編を収録。
若だんなと妖怪たちの不思議な人情推理帖、とは良く言ったもので、今作も様々なミステリー@妖怪絡みと、冴える若だんなの推理。脇役達も健在で、思わず「また会えたね!」と喜んで声をかけたくなる。相手は妖怪だけど。

しかしいつもと少々赴きが違うのは、前2作よりやや怖目の色合い。ホラー色のものがあったり、心理的にぞっとするものが描かれていたり。
推理物という側面を持つ以上、扱う題材は”犯罪”であるので、ある意味、避けて通れない要素ではあるのだけど、今までのこのシリーズでは、そういう要素が揃いすぎているわりには(だって妖怪モノだよ)、全編に渡って漂うほのぼのムードが救いとなって、背筋を寒くするようなことはなかったのだな。

でも例えば「茶巾たまご」の最後に明かされる、犯人の言葉。
「産土」の、暗闇にひっそりと少しずつ引きずり込まれていくような恐怖感。
さすがの畠中さんのほのぼの文章でも、ぞっとする気持ちは抑えられず。でもそんなところが、このシリーズも良いペースで描きこまれてきているのだなあ、とかえって嬉しくもなってしまう。

次作の文庫化、文庫化。一刻も早くお願いします。ハードカバーは許して下さい……
あ、でも畠中さんが出し始めた別シリーズは読んでみたいかも。
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  by wordworm | 2007-08-11 08:26

「宿命」「切り裂きジャック…」「地下鉄に乗って」

友人から借りた本、3冊一気に。

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東野圭吾著
「宿命」
講談社 (1993/07)
ISBN-10: 4061854445

学生時代から”宿命”のライバルだった2人の男。はからずも、警察官と容疑者という関係で再会する。
宿命、と言葉では一言でも、その本当の意味が明らかにされるのはラストシーン。しっかりとミステリーで、着実に人間ドラマで、そして最後は泣いた後に目をみはる。
トリックと意外性だけの作品から脱皮したい、という作者の目標が、良い形で実ってると思う。


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島田荘司著
「切り裂きジャック・百年の孤独」
集英社 (1991/08)
ISBN-10: 4087497372

19世紀末、ロンドンで発生した娼婦連続殺人事件。手口から「切り裂きジャック」と名づけられた一連の事件の犯人は、今に至っても不明のまま。
この事件からちょうど百年経った1988年のベルリンで、同様の事件が起こる、という設定で、この切り裂きジャック事件に対して、大胆な仮説を立てている。島田氏の本はこれが初めてなので知らなかったが、この中に出てくる謎の探偵は、どうやら彼の名物キャラらしい。
今もなお、このように創作意欲をそそるという意味でも、歴史的な事件であったこと。それには犯人が捕まっていない、という、百年たってもぬぐえない不安感もあるのだろうが。


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浅田次郎著
「地下鉄(メトロ)に乗って」
講談社 (1999/12)
ISBN-10: 4062645971

タイムトラベルを題材として、でも浅田氏らしい泣かせるドラマが山盛りだ。新人の頃からこのカラーは明確だったのだなあ。
私が日本人作家の小説が苦手なのは、独得の泥臭さというか、どろどろとした臭さというか、そういうものが理由だ。娯楽を求めての読書なのに、あえてこういう、悪い意味での身近さは選びたくないので。
しかしそれでも私を惹きつけてしまう作家が、浅田氏で。私の苦手な、クサイ・ヤクザ・義理人情がてんこ盛りなのに、そのクササがかえってクセになる。
この本も、新人らしい荒削りな部分は多いものの、この頃からぐいぐいと、私のような読者まで読ませてしまう、そんな力に満ちている。
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  by wordworm | 2007-08-06 12:35

また閑話休題

旅行など何だので、放置状態のこのブログ。日記にかまけると、ついついこちらが後回しに。

時間がどんどん流れていく間、でも読書をやめていたわけではなく。読了・未感想の本の山は、いつの間にやら40冊近くになっている(ああああ)(とりあえず叫ぶしか)

こうなったら、まずは個人的B級レベルを、何冊かまとめてしまおうじゃないか。記録が残ればいいんだこの際(本音)

* * * * *

e0111545_904254.jpg藤原正彦著
「藤原正彦の人生案内」
中央公論新社 (2006/11)
ISBN-10: 4120037878

借本。藤原先生の、読売新聞「人生案内」の回答をまとめたもの。前向きに答えようとしていらっしゃる姿勢が好ましい。


e0111545_932574.jpg岡本まい著
「『危ない』世界の歩き方」
彩図社 (2006/05)
ISBN-10: 4883925412

借本。フリーの雑誌編集者の著者が、ジャマイカ・エジプト・ケニヤ・メキシコなど、熱く、そして危険な国々を渡り歩いたルポ。といっても、エッセイというほど質が高いわけでもなく。


e0111545_964867.jpg西村京太郎著
十津川警部「告発」
角川書店 (2006/10)
ISBN-10: 4041527759

借本。日本のミステリというとこれを上げる人が多い有名なシリーズなので、読んでみたのだけど。こういうタイプの、いかにも新聞や週刊誌連載にのっていそうなミステリーが嫌いで、翻訳ミステリー中心になった自分を再確認。


e0111545_985964.jpg宮部みゆき著
「名もなき毒」
幻冬舎 (2006/08)
ISBN-10: 4344012143

借本。国内ミステリーが苦手な私も、宮部さんは侮れず。現代社会で、自称・専門家達が喧々囂々と議論を繰り返すだけで終点が見えない諸問題に、彼女は自分なりの結論を作品の中で淡々と述べる。あやふやにしない、そんな姿勢を尊重する。


e0111545_9124268.jpg養老孟司著
「バカなおとなにならない脳」
理論社 (2005/04)
ISBN-10: 4652078110

子供からの色々な相談に、養老先生がわかりやすく答えている。但し先生比で、だけど。しかし大人にも子供にも、先生が一貫して主張し続けている、その核は変わらない。


e0111545_9152152.jpg阿川佐和子著
「この人に会いたい」1~5
文芸春秋 (1997/07)
ISBN-10: 4167435047

阿川さんが週刊文春で連載している対談の抜粋。気軽に読めて、驚嘆も笑いも涙も即味わえる。そんなお手軽モードの中、でもそれも阿川さんの人柄のなせるワザとも感心する。


e0111545_9174280.jpgナンシー関著
「何もそこまで」
角川書店 (2001/01)
ISBN-10: 4041986060

ナンシーさんの毒のある、でも正しいものは堂々とほめる、そんなどこかほんのり温かい視線の文章は、何度読んでも好きだなあ。


e0111545_920610.jpg田中芳樹著
「風よ、万里を翔けよ」
中央公論新社 (2000/12)
ISBN-10: 4122037522

ディズニー映画で有名になった花木蘭(かもくらん・ムーラン)。実在の人物かと思えば、伝説上の女性だったのだね。中国史にも造詣の深い田中氏が、彼女を取り巻く時代を、きめ細かい筆で描き出した長編。情に流されない田中さんの筆が心地よい。

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  by wordworm | 2007-04-18 08:55

「手紙」

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東野圭吾著
「手紙」
文藝春秋 (2006/10)
ISBN-10: 4167110113


友人から借りた本。人気の東野さんなれど、不勉強な私はこの本が初めて。

両親に先立たれ、兄弟だけで生きてきた剛志と直貴。生活の苦しさから強盗殺人を犯してしまった兄・剛志は、獄中から月に一度、直貴に手紙を送る。
大学進学を諦め、働き出した直貴だが、うまくいくかと思うたびに”強盗殺人犯の弟”という事実が立ちはだかるという現実に翻弄される。兄から届く手紙は、彼にとっては苦痛以外の何物でもなかった。

この本はあちこちのミステリー賞を受賞したとのことだが、個人的にミステリーという感じはしない。謎解きや犯人探しという筋ではなく、直貴の生活と苛酷な現実を、淡白とも思えるほどの乾いた筆致で書いている小説だ。
淡々と流れていく月日を書いているだけなのに、その内容の厳しさに、じわじわと真綿で首を絞められていくような息苦しさを覚えていく。

自分の大学進学費用の為に思いつめた兄の犯行。故に耐えねばならないと思うのに、忍耐力の限界を越えて、これでもかとばかりに畳み掛ける、世間という現実。偏見、差別、言い方は色々あるけれど、改めて日本という国の実情を思い知らされる。
次々と寄せてくる不幸の連続に、ページをめくる手が震えてくる。またか、またなのかと、何回も突き刺される針が悲しくて痛くてたまらない。
フィクションとわかっててさえ、これほどつらいものを、ましてやこういう背景を持つ現実の人にとっては、どれほどの痛みと苦しみか。

この本をミステリーと呼ぶとすれば、この兄弟の出口をどこととらえるか、というところがそれか、と思う。
どうすればこの現実から逃れられるか、誰か救世主となりうるのか。そんなことを考え考え読み進む後半に、著者の示す一つの形が見えてくる。
それはこちらの思惑に対し、全く別角度に光を当てる。だが決して奇策でも意外でもないそれは、ただ直面しなければならない、確かにそこにずっと在った、もう一つの現実なのだ。

友人はこの本を読んで、涙が止まらなかったと言う。
最後の最後まで行き着いた後に、まぎれもなく溢れるものがある。それは涙とも喜びとも悲しみとも、また感動とも名付けられるものであるだろう。
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  by wordworm | 2007-03-02 14:28

「第三の時効」

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横山秀夫著
「第三の時効」
集英社 (2003/02)
ISBN-13: 978-4087746303


友人から借りた本。
彼女から横山氏を紹介してもらって、以来長編を数冊読ませてもらったが、これが初の短編集になる。

警察小説の旗手と言われる氏らしく、6つの短編が収められているが、全て舞台はF県警本部の捜査第一課。強行犯捜査の一班~三班の刑事たちが出会う事件を通して、それに関わる警察側の人間にそれぞれスポットライトが当てられるという設定の連作になっている。

横山氏の今まで読んだ長編は、どれも緻密な構成と暗部を描くが故の濃い筆致、そしてラストに受ける衝撃もあって、読み応えのある作品ばかり。
その手法が見事に短編という制約内に生かされていて、むしろ1冊の中で氏の持ち味を何回も楽しめる分、横山氏を初めて読むならばこの本も良いかもしれない。

つくづく男性の書く、男性の世界だなあ、と思う。あまりにキャラがそちら方面で出来上がりすぎていて、女性らしさが入り込む余地がない。事件の関係者として勿論女性は複数登場するのだが、どこか男性信奉者が抱く女性イメージがそこにある。
私の歪みきった偏見からすると、いかにも日本の推理小説といった色があり、正直言うとこの点では得意ではない。

なのにこの本は、そんな私でも一気に読ませる。まず一作ごとのプロットが見事。最後の最後でこういうことだったのか、と目を開かせるものがなければ、ミステリーとしての魅力はない。それが6編全てに必ず用意されている。
その事件を解く過程で、これまた欠かせないのが心理描写。それも同じ警察内の一人一人をその都度強く深く描くことで、飽きさせることなく惹きつけ続ける。
常に暗く殺伐とした内容なのに、そのシリアス感がリアルさを伴って迫ってくる。一作だけ取り上げて一本の映画を作れそうな、それだけの奥深い内容を持つ。

改めて横山氏の力量を実感した一冊だ。
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  by wordworm | 2006-12-12 06:31

「ぬしさまへ」

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畠中恵著
「ぬしさまへ」
新潮社 (2005/11/26)
ISBN-13: 978-4101461229


「しゃばけ」に続く2作目は短編集。

今日も今日とて変わりなく病気の(…)若だんな、一太郎。1作目で、常に妖怪にかしずかれる彼の生活ぶりと、見事な推理力を披露したが、2作目では6編の短編を通して、更なる鋭さと優しさ、妖怪たちの意外な面などがうかがえて、どれも非常に楽しい出来となっている。
腹違いの兄・松之助のつらい境遇や、苦境に立たされた幼馴染、お付の仁吉の恋噺。どれもほんわりとしたムードでありながら、じわりと沁みる切なさで、思わず涙を誘われる。

江戸を舞台にしているが、時代劇のような荒々しさはない。妖怪が数多出てくるのに、ホラーの不気味さは皆無。ミステリーでもあり、人情物でもあり。
世に沢山ある時代劇というジャンルの中で、見事に独自路線を築いた作品と感服する。いや、それともミステリージャンルに入るのか?

傍から見れば、体こそ弱いものの、他には何一つ不自由なく映る一太郎。しかし大店の跡継ぎとして、これで果たしてつとまるのかという焦りは常にあり、それが彼がただの坊ちゃんになるのを食い止める。人の機微を読む上手さと、逆にそういう育ちだからこそ持ちえたのかもしれぬ懐の深さを併せ持つ、彼の心の強さは人一倍だ。
それでもまだ足りないと、悩み俯く彼の姿が垣間見られる。
(私は本当に、もっと大人になりたい。凄いばかりのことは出来ずとも、せめて誰かの心の声を聞き逃さないように)
こんな思いも、外にこぼせば皆を心配させると、心の中で噛み締める。

笑って泣いて驚いて。時代物の魅力は多々あるが、こんなに柔らかく全てを味わえる小説はなかなかない。柴田ゆう氏の挿絵が、また良い味を加えている。
続刊も数冊出ていてぜひ読みたいのだが、まだ文庫化されていないので手を出せない(涙)(ああ日本の図書館が恋しい)
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  by wordworm | 2006-11-20 07:05

「しゃばけ」

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畠中恵著
「しゃばけ」
新潮社 (2004/03)
ISBN-13: 978-4101461212


2001年度日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

江戸でも有数の廻船問屋の一人息子、一太郎。大層身体が弱く、家族には真綿でくるむような扱いをされている。しかもお付の者達は全て妖怪だ。
そんな彼が、ある日目撃した人殺し。犯人は捕まったにも関わらず、続々と続く同じ型の事件。妖怪達の助けを借りて、一太郎は少しずつ真犯人に近づいていく。

これは面白かった。元マンガ家さんが書かれた小説、というところでどんなものかと思ったが、マンガのテンポの良い軽さと、しかし派手に走らない抑えた言葉遣いが、いい具合に読者の背中を押してくれる。

若旦那のそばに、常に当たり前のように妖怪がかしずいている。というところですでに異常な設定なのに、全く気負いなく淡々と話は進む。妖怪と聞くと思い浮かべるおどろおどろしさは欠片もない。
この若旦那、本当に身体が弱い。この1冊の中でも、何回寝込んだかわからない。が、心まで弱いわけではないのだろう、という仄かな期待に徐々に応え、最後には見事に証明してくれる。そもそも幼い頃から妖怪と接してきて、彼らを良くも悪くも全て受け入れている時点で、並の虚弱ッキーではないのだな。

一太郎の懐の深さは、妖怪に関してに留まらない。金持ちで甘やかされた息子という世間の目も、幼馴染の苦労も、親の過剰な心配も、全て彼なりの流儀で受け入れている。それを諦めと見る向きもあろうが、無条件で異論も感傷もなくひたっているわけではなし、彼らの感情を理解した上での受容と思う。
ともすれば自己憐憫に溺れてもおかしくない環境の中で、身体は無理でも心を健全にもてたというのは、彼の賢さと同時に、育ての親と呼んでもよい2人の妖怪の存在のおかげかと思うと、その有り得なさに笑いがこぼれる。そしてどこかほんわりと心が温かくなるのだ。

妖怪は妖怪であるが故に、いくら完璧に人型をとろうとも、価値観の相違はどうしようもない。一太郎の持つ、人と妖怪の間に立つ平衡感覚の良さが、読んでいるこちらにその不自然さを自然に感じさせる要因の一つである。
彼らの生活は、すでに数冊発行されている続刊でのぞけるらしい。読み終わった後、即”買い”リストに追加した。
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  by wordworm | 2006-09-23 04:38

「震度0(ゼロ)」

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横山秀夫著
「震度0(ゼロ)」
朝日新聞社 (2005/7/15)
ISBN-13: 978-4022500410


友人から借りた本。

阪神大震災が起こった直後、遠く離れたN県警本部の警務課長が失踪した。当然本部では捜査に乗り出すが、本部長を始めとして、キャリア・ノンキャリアの幹部達の思惑が絡み、日が経つにつれ、各自の利害のぶつかり合いの様相を呈してくる。

「クライマーズ・ハイ」で日航機墜落事件、「ルパンの消息」で三億円事件と絡ませ、今作では阪神大震災。このテがお得意なのか、それとも警察・新聞社をメインとする小説を書かれているので、大事件が舞台となりやすいのか。
しかしこの本では震災は刻々と情報が入ってくる形で書かれているだけで、舞台はあくまで警察本部と各幹部の日常の場。それを時間軸に沿って、限られた登場人物の行動を描くという、淡々とした流れになっている。

正直、今まで読んだ4作の中では印象は地味。それは手法によるものもあるだろうが、内容についてもページをめくる手がそれほど進まなかった。
警察という機構の特殊性は、今までに出版された小説やドラマなどで随分と描かれてきた。勿論全てを鵜呑みにするわけではないけれど、出世競争の熾烈さや利害の鞘当て、現場と幹部の乖離など、組織である以上は必ず存在するものであって、特に警察が舞台となるフィクションでは、そこが焦点の一つであることが多い。
そしてこの本は、ほぼ全内容がそれ。各登場人物を1シーンごとに細切れに追っていくことで、各人の腹の探り合いや醜い内情がどんどん表面化していく。そこを深く描こうというのが今回の主眼の一つであったのかもしれないが、そう言い切るにはやや迫力に欠ける。

時間軸に沿った各自の行動が、刻々と伝えられる震災情報と重ねて描かれている。作者のメッセージとして、「この小説の主人公は”情報”かもしれない」とあり、その為にこのような手法をとられたのだろうと想像する。そしてタイトルそのものが震災と絡む。
震度5、いや6、やはり7強、と移り変わる震災の震度情報だが、激震と思われたN県警内部の実際の震度はどうであったか。それはラスト間近になって、ようやく明らかになってくる。

ラスト部分に入ってからはぐいぐいと読んだ。醜悪としか言い様がない内部抗争が、事件解決に向けて収束を始め、とうとう真相が判明する。
天災は逆らわずに受けとめるしかないものだけど、人災は人間の感情が引き起こすものであるが故に、抗って何とか逃れる術を見つけようとする。しかしそれもまた落ち着く先は、ただ受けいれただけの場合と同じであるかもしれない。
ひたすら空回りしただけであるならその人災は、結果として震度ゼロであったのだ。ただ当人達は、すでに以前と同じゼロ地点に立つことはできないけれど。

情報が主眼であるというこの作品、全貌を明らかにしてみたら、出発地点も最終地点も、全ては人の情であった。事件や犯罪を扱う警察という場所において、これは正しいテーマであると思う。
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  by wordworm | 2006-06-27 09:42

「ルパンの消息」

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横山秀夫著
「ルパンの消息」
光文社 (2005/5/20)
ISBN-13: 978-4334076108


以前友人から横山氏の本を2冊借りて、とても楽しませてもらったのだが、それではとまた2冊貸してくれたの。多謝感謝。(斜め45度)

元新聞記者であり警察小説を得意とされる氏の、「幻の処女作」というのが謳い文句。当作でサントリーミステリー大賞の佳作に入ったことで記者をやめ、フリーライターに転身されたきっかけになった作品で、氏にとっても思い出の深いこの小説。加筆され、15年後に出版という運びになった。

ある日、警視庁にもたらされた1本のタレコミ。15年前に自殺した女性教師の事件は実は殺人であり、犯人は当時の教え子の男子生徒3人であるという。
時効まで24時間という限られた中で、事件解明に全力を尽くす捜査陣。その途中で浮かび上がってきた「ルパン作戦」なるものは一体何か。失効を迎えた「三億円事件」との因縁はどのようなものなのか。

以前に読んだ「クライマーズ・ハイ」などと比較すると、やはり荒削りの印象があるが、その分勢いと、アイディアへの自信と意気込みが感じられる。文はどこか週刊誌の記事のような調子も見られるが、現在の練られた上手さに十分通じるものものぞかせる。

24時間という限られた時間の中で、3人の元高校生の尋問内容だけを手がかりに動かねばならないという密室的な面白さに加えて、それに関わる少人数の警察官に、しっかりと個々の役割と背景を持たせて書き込んでいるのが奥行きを深くしている。
典型的な不良高校生だった3人が、「ルパン作戦」の実行からそれぞれ運命を異にしていく、その切なさとやるせなさも迫るものがある。その当時、彼らに関わった人々の思惑も逃していない。
さらに三億円事件の容疑者も時間軸を共にしていたことで、その時の葛藤も描かれる。
と、ここまで盛り沢山だった分、かえって洗練さが足りない気分が残るんだな。消化し切れてないというか、あ、ここもっと知りたい、というところに手が届ききらなかったというかね。

ラスト部分は、畳み掛けるようなドンデン返しの連続。真相は、私的には俗っぽさが漂って少々眉を顰めてしまったのだけど、昔に起こった事件を現在語る形なので、個々人の内部で年月を経て受け入れやすくなっていたことに救われた。
こういう作品から始まって、現在の警察小説の旗手と言われる横山氏流が築かれていく。それを十分に信じられるだけの芽が数々見られる作品だ。
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  by wordworm | 2006-06-23 09:46

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