「傷~慶次郎縁側日記」

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北原亞以子著
「傷~慶次郎縁側日記」
新潮社 (2001/03)
ISBN-13: 978-4101414140


元・同心の森口慶次郎が出会う人々と事件簿の第一弾。

まずは慶次郎があと半月で江戸は南町奉行所の同心から隠居する、という時から始まる。そしてこの短編集の中でも、一番悲しい事件が起こる。
実の娘が暴行を受け自殺、という悲劇に見舞われ、突きとめた犯人に対し、同心として対峙するか、親として復讐を遂げるか。そんな激しい葛藤と苦悩を描いた「その夜の雪」。
以降、酒問屋の寮番として隠居生活に入った慶次郎だが、なかなかどうして、事件は身近なところで色々と起こるのだ。

北原さんの作品は、以前にエッセイを1冊読んだ時に惹かれるものがあって、早く本業(?)の時代劇を読みたいと思っていた。どれにしようか迷ったところで、出会ったのがこの慶次郎日記だったのだね。

時代劇で今まで読んだ池波正太郎や藤沢周平に比べ、まず目に留まるのが、どこか現代に近いような文調と、非常にきめ細かな表現だ。
大げさな表現は無く、むしろ控えめに抑えた、しかしきちんと中身のある。池波氏のような娯楽性はないものの、実に誠実な印象を受ける。

時代物というと勧善懲悪がつきものだが、この作品に関してはその色合いは薄い。それより、事件に関わる人間の、正義も悪も関係なく、ただその心情を描き出すのが主眼であるようだ。
空き巣の伊太八の、”仕事”というものに対する葛藤。幼いながらも少女を助けようとする源太の涙。ろくなことにならないと知ってはいても、亭主を見捨てられないおせん。短編とは思えないほど、凝縮された感情が一文一文から溢れている。
慶次郎が主人公の位置にいるのだが、どちらかというと数々のドラマの見届け人のような、話を結末に持っていく為の案内人に見えることもある。

その時々の感情を主題とすれば、では最後はどうなるか。
この本の中の幾つかの物語は、明確な結末を持たない。ぼかすようであったり、一見尻切れトンボのようで、でも考えさせられるだけの材料は提示されていたりする。
短編の終わりになって、確かにその中で起こった事件は幕を降ろそうとする。が、登場人物達の胸からそれが消えることはなく、これからもその味わった思いを抱えて生きていく。そんな道筋が見えるのだ。
悪が罰せられて終わり、というのは、非常に胸がすっとするし、それが時代劇の醍醐味の一つであるのは間違いない。しかしこういう描き方で、こういう捉え方で、何もかも人間が関わるが故のこと、そこには途切れることのない感情があるのだ、と教えてくれる。
最初に”どこか現代”と思ったのは、この点にあるのかもしれない。

こんな時代物に出会った。大きな収穫と実感している。
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  by wordworm | 2006-12-27 05:55

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