「『夏彦の写真コラム』傑作選①」

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山本夏彦著、藤原正彦編
「『夏彦の写真コラム』傑作選①」
新潮社 (2004/02)
ISBN-13: 978-4101350172


週刊新潮に23年間連載されたコラムから、友人の数学者、藤原正彦氏が100編を選んだもの。

山本氏の名前は、編者の藤原氏の著作で知った。「祖国とは国語」という本の中、「いじわるにも程がある」というタイトルで、平成14年に亡くなられた夏彦氏を悼む文章があった。私の好きなタイプの文を書かれる方が心酔する夏彦氏。一度読んでみたいと手に取った。何冊も並んでいるうちのどれを選んだらいいか迷った挙句、やはり藤原氏の七光り(?)をまずは利用させていただいた。

秀逸、である。圧倒されて出てきた言葉はそれだった。
文庫本にしてせいぜい2ページの短いコラムが100編。どれも非常に辛口である。一文一文全てが何かを斬っている。にも関わらず、文章のリズムが全く狂わない。名人芸としか言いようがない。
また、使う言葉が実に美しい。日本語とはこんなに叙情性のあるものだったと、改めて知る。毒が入っていてすら美しい。文語文を確固とした形で身につけた人の、教養と美しさがそこにある。

エッセイやコラムを読んで感銘を受ける時、その理由は幾つかある。中でも「こういう視点があったのか」と発見させられる時は、一気にその作家のファンになる。内容への全面賛成は必要ない。ただ、こういう捉え方もできるという切り口に感服する。
氏の書かれたコラムは、私にとって衝撃の部類に入るほどの大きさで迫る。それはその視点は勿論のこと、その考えをわずか一文で表せる圧倒的な文章力に対してもだ。上手いと思う人は数え切れないほどいる。しかし氏の文は上手下手を超えて圧巻と思う。

鮮やかな切り口を見せられた時に抱くのは、「こういう風に考えられるようになりたい」という憧れだ。内容には異論があっても良い。幾ら素晴しい文だからといって、迎合する理由はない。優れた文章に対しては、自分がなれるわけがないのでひたすらに尊敬するだけで満足する。
ある物事に対して360通りの切り口があるとしたら、自分と違うポイントを示す人を、私は手放しで賞賛する癖がある。ということは、自分は常に2~3通りしか接近方法が浮かばないので、周囲の人の98%に尊敬の念を抱いている。ただ一つの事物に対してさえこれだけの見方があることに、喜びさえ覚える。

そんな日常の尊敬を超え、更に高みに立つ人達がいる。夏彦氏はその中に立ち、その人達をすら斬っていくのかと思えば、実はむしろマスコミや政治家、銀行、大がつく企業に振るう刀が一際冴え渡る。偽善、独断、専横、エゴは、すべからく彼の筆に断頭された。
しかし個人として接した時は、自身の重い過去を見せることなく、他人の情を解し義に篤く、ひたすら温かい方であったのではないかと勝手に思っている。
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  by wordworm | 2006-09-16 04:40

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