「カメレオンの呪文」

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ビアズ・アンソニイ著、山田順子訳
「カメレオンの呪文」
早川書房 (1985/12)
ISBN-13: 978-4150200312


魔法の国ザンスシリーズの1巻目。
またファンタジーが読みたいなーと思って、でもシリーズ物が多いので、とりあえず1作目を数冊入手してみたうちの1冊。前置き長い。

住人の誰もが何かしらの魔法の力を持つ国、ザンス。25歳を過ぎても魔法の力がない者は、ザンスから追放される。
しかし青年ビンクには全く力が現れることがないまま、もうじき25歳の誕生日を迎える。自分の中に果たして魔法の力があるのか、それを見つける術を求めて旅に出たが、その過程で出会った生物や人物と共に、ザンスという国の真の背景を探ることになる。

ファンタジーに限らないだろうが、主人公の冒険というものは、そのまま自分探しの旅であることが多い。そして様々な苦難を乗り越えて成長していく主人公の姿が、読者にどれだけ共感を抱かせることができるかというのが、その作品の力を問われる主要なポイントだ。
本書はまずその点でとても良い。冒険の過程で魅力的なキャラが沢山出てくるのだが、その邂逅の一つ一つで短編が書けるような緻密さがある。派手なアクションに走ることなく地道に張り巡らせた伏線が、後でゆっくりと、しかし重く意味を持って姿を現す。

さて、ザンスから追放されて行くところは、マンダニアという隣国になるのだが、これが実は我々側の現実社会を模している。
ザンス側から見れば、魔法が使えないタダの人間なんて、見下す対象でしかなく。確かに、魔法が使えればなあ!と幾度となく思うこちら側の私だが、勿論それは役に立つものでなければならないのは当たり前。例えば爪の色を変えられるだけ、なんていうのじゃ意味がない。
ほんの些細な事だけに限られた魔法ならば、むしろ自分の手でやった方がいいのじゃないか。そんな程度の魔法にプライドを賭けて、運命までもが決まる国って、それってどーよ。というのがマンダニア側の言い分で。

ビンクは場面場面で必死に考える。実はその”考える力”こそが彼の財産に他ならない。頼れる魔法がない場合、できることは自身の持つ他の力を伸ばすこと。これがどれだけ大事なことかというのは、いわばマンダニア側に属する人間だからこそ感じることなのかもしれない。
高い知能指数を持ち、幼くして大学まで進む能力を持っていても、それを意味のある能力にする為には、年齢と共に得られる精神の成熟性が必要になるように。能力に見合うだけの道徳性を備えようとすれば、自分の身体で学ぶことにも大きな比重があるべきで。
バランスのとれた人間になる為に大切なのは、心と身体の両方に跨る経験と熟考だ。ビンクの旅は、そんなことも教えてくれる。

願ったところに移動できるとか。明日のテストの問題がわかるとか。お金がどっからともなく沸いてくるとか! えーとやっぱりやっぱり、過去の失敗を全部消してくれるとか!!
そんな力を持ってたらどんなにいいかと思うけれど、それだけじゃだめなんだよ。
凡人の私はちょっとニガワライして、そんなメッセージを受け取った気分に浸る。
自分が本当にやりたかったことを見つけたビンクは、まだまだ旅を続ける予定。
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  by wordworm | 2006-02-26 12:16

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