「バッテリー」

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あさのあつこ著
「バッテリー」
教育画劇 (2005/1/7)
ISBN-13: 978-4774606361


大好きな児童書で、つい先日、最終巻となる6巻が発売になった。
感動を最高のものにしたくて、一気に1巻から読み通すべく、今日を予定していたのだ。なんて嘘だけど。

これは中学校の野球部に属する少年達の物語である。
ピッチャーになるために生まれたような一人の少年が新しい町に引っ越し、その彼と最初にその町で会った少年とバッテリーを組むことになる。

より速いボールを投げること、それが全ての存在理由であった少年を中心として、様々な野球部員や大人たちが絡み合い、決してただの物語に終わらない。
純粋にボールのみを見つめ続け、他者を視界に入れようとしない少年に対して、憤る先輩部員、慕う友人や弟、打ち崩したいと挑む他校の強豪、傲慢さに怒りと不安を抱く大人たち。

登場人物は多数で、それぞれ抱く思いも見事に鋭角に描き出しつつ、あくまで核はタイトル通り、巧と豪というバッテリーにある。
なぜお互いを唯一無二の相手と思ったのか。そしてそのままどこまでいけるのか。出会い、脅かされ、悩み、沈み、そしてまた見出すもの。その答えはなんであったのか。
ボールだけと向き合ってきた巧が、少しずつ周囲の風景に、そして人間に目を向け始める。自分一人で立つという意識は変わらないものの、土台と背景が鮮やかに色づいていく。

ただ野球が好きだという少年達にとって、やはり敵役は大人になる。何からも囚われたくない、縛られたくないと願う彼らにとって、そういうことも必要だとする大人達の言葉や行動は、わずらわしい枷にしか映らない。

すでに大人になってしまった自分から見て、出てくる言葉は平凡で、投げかけるものさえ持たない。彼らのひたむきさに感じる眩しさと。こんな頃があったなあ、という気恥ずかしさと。
いつかは大人になる少年達。そして、その時には憎く見えたものでさえ理解できるようになる力をつけられるかどうかは、この純粋な時期に自分をどれだけ育てられるかも大きいと考える。
真っ直ぐに好きで、殻をかぶってみせて、目をそらそうとして、向き合おうとして。器のいっぱいのところまで悩んで反抗して歩めばいい。
それが例え大人から見れば、無駄なことこの上ないような青さのものでも、その時その思いが全て上る為のステップになる。そしていつかもっと高みで、その小ささを苦笑と共に見下ろすことができるから。その高みすら、果てはないのだから。

「野球てのはな、人間がやるから野球になるんだ」

彼らに向かって放たれた言葉ではないけれど、彼らという存在そのもので、その言葉を体現していく、もどかしくも澄み切ったその過程。
何かを思い出したい時に、直面しなければならない時に、言葉を超えて感じさせてくれるものが、確かにここにある。
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  by wordworm | 2005-01-20 11:05

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