人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「風の影」(上・下)

「風の影」(上・下)_e0111545_855958.jpg「風の影」(上・下)_e0111545_8552635.jpg
カルロス・ルイス・サフォン著、木村裕美訳
「風の影」(上下)
集英社 (2006/07)
ISBN-10: 4087605086
ISBN-10: 4087605094

初めて読んだと思う、スペイン人作家による、スペイン語からの翻訳ミステリー。

1945年のバルセロナ。まだ少年だったダニエルは、父に連れられて「忘れられた本の墓場」を訪れ、「風の影」という本を選ぶ。夢中になったダニエルは、作者のフリアン・カラックスに興味を募らせるようになる。
内戦という暗い過去を抱え、まだ傷も癒えない都市で、カラックスの過去の探求を通じて出会う人々。ダニエルは精神的にも肉体的にも成長しながら、深まる謎に巻き込まれていく。

ミステリーという枠にとどまらず、ゴシックの香りあり、愛とロマンスもふんだんに、サスペンス要素も十分な小説。読み始めて数分後には、ひきずられるように没頭してしまった、一級品の娯楽本。

何層も重なり合っているような、奥行きと厚みと重さのある物語だ。
ダニエルが「風の影」について、「ロシア人形(マトリョーシカ)のようだ」と表現していたが、この本自体が正にその表現にふさわしい。ダニエルとカラックス、それぞれが絡む物語が入れ代わり立ち代わり現れて、また多数の登場人物が次々と姿を見せては煙に巻き、開けても開けてもまだ芯が見えない。
いや、むしろ開ければ開けるほど、新たな謎が提示され、それがますますこの物語にのめりこませることになる。
複雑なストーリーとゴシック調の雰囲気が、どこかロバート・ゴダードを思わせるが、サフォンの明快な語り口は、ゴダード以上の印象を私に残す。

スペイン内戦については、ほんの2~3行の知識しかなかったが、最後の方で語られるその様子は、具体的な事件について述べているわけではないのに、ありありと雰囲気を伝えてくる。
スペインは未訪だが、この街の雰囲気と歴史を知っていれば、尚更重厚感を持つストーリーであるのだろう。それを知らないことが悔しくなるほど、描写が伝えるバルセロナは魅力的だ。

この世に溢れる無数の本。そして本を愛する人々。この物語はそういう人に、文字の持つ力を知っている人々に、より強く訴えるものがある。
一冊の本から始まる壮大な物語であるだけでなく、例えばユゴーのペンで書かれた文字。そこにある言葉を味わう様子。寝食を忘れてのめりこむ姿。読書という愉しみを知っていれば、即座に心の奥底まで通じるものばかりだ。
だからこそライン・クーベルトは、ダニエルの本は取り上げようとはしなかった。私利私欲からではない、純粋に本を思う気持ちを尊いと知っているからだ。

サフォンは「忘れられた本の墓場」を巡って、本書を含む四部作の執筆を計画しているという。
次作を手に取れる日はいつになるかわからないが、発刊の知らせを目にした時の気持ちを、今から容易に想像できる。

  by wordworm | 2007-08-27 08:51

<< 「日本語は天才である」 「孫娘からの質問状 おじいちゃ... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE