「憑神」

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浅田次郎著
「憑神」
新潮社 (2007/04)
ISBN-10: 410101924X

最近浅田さん好きになった友人から借りた本。

幕末期の江戸、主人公は貧乏御家人の別所彦四郎。文武に秀でながらも、並外れた悪運の持ち主であるようで、せっかく婿入りした家からは追い出され、職も失い、兄夫婦と母の暮らす実家で、肩身の狭い居候。
そんな彼がある晩酔って、とあるみすぼらしい祠に手を合わせてしまったから、さあ大変。神は神でも貧乏神にとりつかれ、更には疫病神まで現れて、果てにはあの神様まで来るという。

初っ端から引きこまれる。や、みじめったらしい彦四郎の様子の始まりなのだけど、その情けなさが浅田さんらしく、妙に先の展開を楽しみにさせられる。

幕末期の描写がまた良い。実際を知っているわけではないのに、ああ、きっとこうであったのだろうと思わせられる、倦怠感と無力感に溢れている。
武士道というものが消滅しかかった、そんな末期の世の中で、義理や人情、勤勉や孝行といった概念が、けなされ見下される様は、時代を超えて繰り返される現象だ。

どん底にいた彦四郎が、貧乏神との出会いから、自分の心の奥底を、そして周囲の目というものを、より深い目で見渡すようになっていく。
彼の持つ、江戸初期ならば賞賛されたであろう気質が、どのように時代と人々にそぐわなくなっているか。それを時代遅れと、負けと呼ぶのは簡単であり、変えていくこともできたであろうに、そうならないところにまた彼の悲喜劇が生まれる。

どんな馬鹿でも、最後まで貫き通せば本物だ。浅田氏はまた、こういう馬鹿を書かれるのが抜群に上手いと思う。
彦四郎にしても、周囲から疎まれ、呆れられ、貧乏神達にさえ憐れまれながらも、己の信じるところを示してみせた。命を賭けた彼の生き様に、後ろ指をさすことは誰にもできない。そこまで行き着くまでに身を翻す、そんな器用さを持った人間達に、彼を馬鹿と呼ぶ権利はない。

クサくても、どこかチープでも、やっぱり泣かされてしまうのが浅田小説。この本も、形にきれいにおさまっていないほころびは色々とあるのだけど、それでもきっちりと泣かされて。場末のバーで聞く演歌だね。
友達に甘えてばかりいないで、私も浅田氏の本を手にいれないと。
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  by wordworm | 2007-09-15 10:44

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