<   2006年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧

 

「トルコで私も考えた」

e0111545_12514889.jpg
高橋由佳利著
「トルコで私も考えた」
集英社 (1996/12)
ISBN-13: 978-4088642734


最初は旅行者として訪れたトルコにすっかりはまり、トルコ人の旦那様と結婚、現在はトルコと日本と二カ国に住む作者のエッセイマンガ。
トルコ料理についての箇所は、どのページもヨダレモノ(お前だけだ)

しかし高橋由佳利、どうしてるのかなあと思っていたら、全く新しい世界でがんばっていたのだね。
好きだったなあ、この人のマンガ。「なみだの陸上部」「過激なレディ」「プラスティックドール」などなど。ああもう、これも全部日本に置いてきたし。

お嬢の親友の一人がトルコ人なので、お嬢は彼女に色々聞いてみたらしい。が、彼女自身はオーストラリアで育ったので、それほど詳しく知らないんだって。
今度はお母さんに聞いてみようとお嬢と話してる。「トルコって、本当に太ってる方が美人なの?」とか。だって彼女達はすごく綺麗だけど細いんだもん。

このマンガによると、トルコ料理は家庭料理が基本で、奥様方は大変もてなし上手の料理上手が多いらしい。「レストランの料理みたい!」とは、ほめ言葉じゃなく侮辱になる恐れがあるらしい。
これは彼女達によると本当です。家で作る方がずっとおいしいから、外食はしないんだって。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-29 12:49

「今ふたたびの海」(上・下)

e0111545_12572656.jpg
ロバート・ゴダード著、加地美知子訳
「今ふたたびの海(上下)」
講談社 (2002/09)


歴史ロマンの上下巻。

時は18世紀初頭、南海会社のスキャンダルで、ロンドンの政界は大揺れに揺れていた。若き地図製作者スパンドレルは、借金が返済できない為に閉じ込められた日々を送っていたが、その代わりにと、「グリーンブック」なる帳簿をオランダに運ぶという、謎の密使の仕事を引き受ける羽目になる。
ところが旅先で罠にかかり帳簿を奪われた彼は、何とか奪い返そうとあがくが、その裏には計り知れないほどの陰謀が渦巻いていた。

私はゴダードの作品を読むのは初めてなのだが、どうやらかなり固定ファンの多い作家らしい。でもって、近作は不評が多いらしい。
しかし初読の私には、なかなか面白かったよ。

この南海会社というのは実際に英国に存在した会社で、戦争の負債を処理する見返りに、米国のスペイン領植民地との貿易独占権を得ようとした試みから始まった。政界の要人の大多数、果ては国王ジョージ一世までが関わり、一時は国債のほとんどが南海の株式に転換され、株価はすさまじい上昇を遂げた。しかし所詮は実体のない、政界の汚職を基盤にしたものであった為、下落し始めたらとどまるところを知らず、国王まで巻き込む大醜聞事件に発展したらしい。
本作はこの事件と、実際に関わった実在の人物達を描くと共に、架空の人物を巧みに絡ませ、重厚な歴史小説の態を成している。

”史実を尊重する”という思いにのっとったというこの作品は、巻末に史実の用語解説が何ページも付けられていて、読みながら註の為に幾度も巻末をめくった。メンドクサイと思わないでもなかったが、それを読まないと描写の奥がわからないからね。読んでもわかったとは言えないけどね(虚)

海千山千の政界人やスパイ達に囲まれながら、主人公のスパンドレルはあくまで純で平凡な青年だ。彼の成長物語も兼ねているのかと思いきや、これが最後までほとんど変わらず。
悪人・善人入り乱れ、稀代の悪女にも手玉にとられ、そんな想像もしたこともなかっただろう運命に翻弄されながら、確かに物事の裏を見る目は身につけていくのだけど、最後まで基である”善”は揺るがない。
それは百戦錬磨の政界人などから見れば、なんとも情けなく一顧だにされないものであろうが、そんな彼が懸命に立ち向かおうとするところに、同様に凡人の私はエールを送らずにはいられない。

しかし確かに不燃焼の気は否めない。スパンドレルを取り巻く登場人物達は、実在・架空に関わらず何癖もある人物ばかりで、実際の事件だけでも大長編になるほどのスケールのものであったろうに。今作ではどれも一応の形でまとめているものの、足りないという気持ちがぬぐいきれない。
非常に魅力のある材料があまりに多く、二転三転するドラマの要素も充実しているのに、それに足るだけの人物の描写が足りないように思えるのが残念なところか。
それはある意味、”平凡”を貫いたスパンドレルの存在が故かもしれないのが皮肉であるが。

ゴダードはこの南海会社事件を、「実際には何も販売しない会社」という共通項で、米国のドットコム・バブルと関連づけている。
何にせよ、これでゴダードという作家に興味が沸いたので、次は評判の高い初期作品に手を出してみる計画。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-22 12:58

「アルアル島の大事件」

e0111545_1333945.jpg
クリストファー・ムーア著、青木純子訳
「アルアル島の大事件」
東京創元社 (2006/3/11)
ISBN-13: 978-4488565015


「抱腹絶倒」という謳い文句に弱い自分。しかしこれは確かに面白かったよ。

化粧品会社のお抱えパイロットのタック。だらしないことこの上なく、女の子を連れ込んで機上でヨロシクやってたら、天罰覿面、着陸失敗の大事故。世捨て人になれとの勧告を受けてお先真っ暗な時にもたらされた、南の島の伝道医師が、彼をパイロットとして雇いたいとの知らせ。そうして辿り着いたアルアル島で、彼が徐々に理解した秘密と陰謀とは?

帯や背表紙で謳ってる通り、ユーモア・ミステリなのだけど。その実かなりブラックでシニカル。
だっていきなり人食い人種に遭遇したり、パートナーが殺されたり、さもない脇役も消えてしまったり。活発でテンポの良い描写なので、陰湿さは全くないのだけど、その分容赦もない。
解説によればムーア氏は、怪奇・ファンタジー・ホラー・喜劇を得意とされているようで、なるほどと頷いた。

この小説の悪役側に、日本がそれなりに絡んでいるよ。用心棒役の日本人達など、英語は通じないし、やってることもエゲつない。おまけにニンジャのパロもあり。
アルアル島は架空ながら、舞台となるミクロネシア連邦は、かつて旧日本軍が占領していたところなんだよね。そしてその陰謀の内容からも、日本が適任だったのかもしれないなあ。胸が痛まないとは言わないけれど、物語の根幹を成す”積荷信仰(カーゴ・カルト)”の歴史を考えても、不自然ではない設定だから。

何より、登場人物全員が魅力的で強烈で、ちょっとした端役すらも強い自己主張があって。そんな彼らが右往左往する物語となれば、面白くないはずがなく。文庫本で500ページ以上という長編にも関わらず、とにかく先が気になって手が止まらず、あっさり1日で読んでしまった。
悲しいシーンなのに、なぜか涙が浮かばなくて、笑えるシーンでも、心の底から笑えないのは、その余地を与えないテンポと、畳み掛ける乾いた描写のせいか。しかしその分ラストシーンでは、ほわりと胸が暖まる。

邦訳がもう一作あるのだけど、ホラー喜劇らしい。ホラーと名のつくものはすべからく苦手な自分は、はてどうしようと悩んでいる。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-18 13:00

「幽霊探偵からのメッセージ」

e0111545_1363212.jpg
アリス・キンバリー著、新井ひろみ訳
「幽霊探偵からのメッセージ」
ランダムハウス講談社 (2006/1/22)
ISBN-13: 978-4270100271


ミステリ専門書店の店主と、その店に住み着く幽霊とのシリーズ第一作。

シングルマザーのペネロピー、伯母の本屋を共同経営することになり、その最初の企画として、売れっ子ミステリー作家を呼んだサイン会を開催する。
ところがその会場で作家が急死、更に幽霊が登場。死んだ作家の書いたシリーズの主人公のモデルとなった私立探偵らしい。彼の力を借りながら、ペネロピーは犯人を見つけるべく奮闘する。

またまた新しいコージーミステリー。さすがに食傷気味になってきたので、最近手を出すのを控えてはいるものの、これは中でも結構当たり、と思った本。地域密着で、個性的な地元民多数。色々と最近特に多いタイプのコージーの典型なのだけど、まずは主人公のペネロピーに、素直に好感と共感を抱いたのが大きいか。

結婚中は旦那と旦那の実家にいじめられ、仕事も華やかなNYの出版業界に身を置いていたものの、「真面目な努力家は報われず、押しの強いお調子者ばかりが引き立てられる」という現実の前に、彼女には最悪の日々でしかなかったらしい。しかしそんな思いをしても、彼女は核を変えず。
「自分をひけらかすのはいけないことであると教えられて育った。自慢はうぬぼれの表れであり褒められも讃えられもしない、と親からは言われた。そして正直なところ、今でも私はそれを信じている」
この言葉に、必要以上に惹かれてしまったのかもしれない、と自分で思う。努力家が報われるとは限らない、要領のいい奴ほど得をする。そんな苦い思いを幾度となく味わって、それでも自分の価値観を変えられず、子供に正にペネロピーの親のように教えて、しかしいつもそれで良いのかと自問自答を繰り返し。そんな葛藤する部分が共鳴したのであれば、自分でも思わず苦笑するしかないのだけど。

あとは幽霊探偵ジャックの存在だろう。最初にタイトルを見た時は、飽和しつつあるコージーだから奇抜さを狙ったのか、と思ったが、これがなかなか設定をしっかり固めてあるらしく、おとなしいヒロインにハードボイルドの味を添える。
ペネロピーの書店で命を絶たれたジャックは、なぜか書店から離れることができない。一体彼の最後に何が起こったのか、この先ずっとこのままなのか、その謎が今後シリーズを通して解かれていくようだ。

ジャックの謎、ペネロピーの成長ぶりと、この先の作品を楽しみにするだけの種は、十分撒かれている。ミステリ書店が舞台なので、ミステリ作家名や作品名が色々出てきて、そんなところも楽しみの一つ。
ちなみに著者のアリス・キンバリーとは、マーク・セラシーニとアリス・アルフォンシという夫婦合作によるペンネームなんだそうですよ。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-17 13:04

「無思想の発見」

e0111545_1313197.jpg
養老孟司著
「無思想の発見」
筑摩書房 (2005/12)
ISBN-13: 978-4480062802


日本人につきまとう無宗教・無思想・無哲学という表現について、氏がその実態を考察する。

”思想””宗教”という言葉に数歩引く。お宮参りから始まって、あらゆる儀式でその宗派にこだわらない。他国で宗教の話は細心の注意を払わねばならないところ、「無宗教です」を公言してはばからない。日本人の宗教・思想を考えるに、このようなイメージが浮かぶかもしれない。
これが諸外国には不思議らしい。中国・韓国は靖国神社参拝に憤る。だがこれは他国の物差しで計っては、決して理解しえないのだ。

こちらに来てまだ年月が浅い頃、「全くアメリカってとこは」と幾度も思った。しかしそれは違うといつか気づいた。日本という国が際立って特殊なのだ。日本を欧米の物差しで計るなと言うなら、特殊な国を普通だとして、他の国を判断することを良しとはできないだろう。
国外にいると、つくづく自国の特殊性を感じる。逆もまた真なりか、日本に来た他国人も、日本は特殊だと感じるらしい。
私達は国外にいると、「自分は日本人だ」と自覚する。日本に来た他国人は、「自分は日本人じゃない」と感じさせられると聞いたことがある。それを喜ぶべきかどうかはわからない。

養老先生によれば、日本人の公私の「私」の単位は「家」であり、「世間」である。日本人は思想も宗教もないと良く言うが、思想も宗教もない社会などないのだ。この「思想などない」というのが日本の思想であり、「世間」という現実と補完的に成り立っている、というのが先生の主張。
この「思想がないという思想」を、先生は数学の世界におけるゼロの存在に等しいと説明されており、これは非常に分かり易い。とりあえずそこに思想はない、しかし同時に「思想の中の一つの思想」として、他の思想と同様に確かに存在するものであるからだ。

国外に出て、日本の「水に流す」という考え方が、実は日本であるからこそ生まれたものだということを知った。日本はその国土面積と比例せず、世界有数の災害体験国家である。自然災害を誰のせいにもできるわけがなく、結果「仕方がない」「なるようになる」「済んだことは水に流そう」という考え方が生まれ広まる。
だから人は死んでしまえば仏であって、例え戦犯でも死んだ後は関係がない。かたや他国では死んだ後も魂は不滅という信仰があるところが多いので、日本のこの考え方が理解されない限り、靖国参拝論議が良い終わりを見ることはないのだろう。
しかし私は、受動的と非難されるかもしれぬ、この「水に流す」「なるようになる」思想を日本人が持つことを嬉しく思う。ハリケーン・カトリーナの時の報道を見ては、日本との受け入れ方の差を感じつつ、阪神大震災の時の報道と比較した。
真空と言われても、「何を考えてるかわからない」と眉を顰められても、だからこそ人に共感する余地があると言いたい。外部のものを受け入れる空間があることが、日本をここまで進められた理由の一つであると考える。
それが「思想がないという思想」の、ゼロに匹敵する存在力であると思うのだ。

解剖学者であられた先生は、脳の仕組みからも幾度も説明を繰り返し、それがまた非常に興味深い。
先生の意見では、日本のこの「無思想という思想」は、実は仏教からではないかという。般若心経の全266文字の中、21文字が「無」という字らしい。「空」の中には感覚も概念も意識も「無い」。ここにもまたゼロの哲学が厳然と存在する。
色即是空、諸行無常。インド伝来の仏教を同様に持ちながら、なぜか相互理解に苦しむ国。西洋的自我と日本で呼ぶものが普遍であり、信仰が基盤の一部である国。有思想の国々と無思想の国が通じ合う為に、何ができるかを考える。
しかし実際にできることは。きっと目の前にいるその人に、国籍も思想も宗教もひっくるめて、その人自身と向き合うことだけだ。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-07 13:19

獄医立花登手控え

e0111545_1318832.jpg
藤沢周平著
「春秋の檻」
「風雪の檻」
「愛憎の檻」
「人間の檻」
講談社


藤沢ファンの友人が、用心棒シリーズの次にお薦めということで貸してくれたもの。

江戸小伝馬町の牢獄に勤める青年医師・立花登。立派な医者になりたいとの野心に燃えて、江戸の町医者である叔父を頼って上京してきたものの、口うるさい叔母と娘にこき使われ、叔父は登に町医者と獄医を押し付けて酒びたり。
鬱屈とした日々を送る登だが、牢屋というところは事件に事欠かないもので。囚人からの頼まれ事で面倒に巻き込まれたり、冤罪を証明してみせたりと、得意の柔術と推理で数々の事件に携わる。

物語の出だしは、なんとも情けない登の生活ぶりから始まる。憧れ続けた叔父の実態を見せられ、使用人代わりにこき使われ、思わず思い出したよ必殺仕事人の主水さん(「婿どの!」)
おまけにどうにも真面目で洒落っ気がなく、叔母さん達の文句を言ってみたり、ご飯に不満を漏らしてみたり、それも表立ってはとても言えず、影でぶつぶつ言うばかり。

しかしそんな登が、捕り物となると見せる頭の冴え。さらに立ち回りとなった時の柔術の腕は、さすがに師範代なだけはあり。
威張っていた従妹のおちえも、登に危機を救われて以来、どんどん愛らしくなってゆく。後半はそんな2人の恋模様も楽しみの一つに数えられる。

藤沢氏の書かれる時代小説は、池波正太郎や吉川英治などと比べて、地味で生真面目というのが個人的な印象。立ち回りの派手な場面にしても、手堅い言葉が淡々と並び、爽快な激しさの色はない。
何より個々の話の終わり方。時代物であれば勧善懲悪なり義理人情なり、一件落着の味を期待するのだけれど、このシリーズではあっさりすぎるほど引いて終わっている話がちらほらあって、始めは肩透かしをくらったような気もしていた。
が、読み進めるにつれ、僭越ながらそれも氏らしいと思えるようになってきた。それは、何気ない描写にもきっと随分と勉強されたのだろうと思える跡があること、抑えた中の緻密さが揺らがないことが素人目にもうかがえるようになって、より信頼感が増したからと言える。
派手な描写や映像でごまかすことなく、ひたすら細部をも漏らすことのないように心がける実直さ。実際の時代を生きた人々に恥じることのないように、といった清廉さまで感じられる。読めば読むほど、じわじわと氏の力量に敬服するようになってくるのだ。

この借りた文庫版は”新装版”と銘打たれ、各巻末に藤沢氏の詳細な年譜が収録されている。1997年1月、肝炎の為に亡くなられた藤沢氏の業績を偲ぶ形式になっている。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-05 13:14

「死んでもいきたいアルプス旅行」

e0111545_13203049.jpg
マディ・ハンター著、智田貴子訳
「死んでもいきたいアルプス旅行」
扶桑社 (2006/03)
ISBN-13: 978-4594051396


解説によると、”パスポート・トゥ・ペリル”と名付けられたトラベルミステリー・シリーズの一作目らしい。原書は4巻まで刊行、翻訳はまだ今作のみ。

失業中のエミリーは、おばあちゃんの付き添いとして、高齢者向けのスイス周遊ツアーに参加する。着く前からトラブルばかり、続いて添乗員が死体で発見され、さらには別な客まで同じ目に。
代理添乗員で奮闘しながら、素敵な警部にときめきながら、お年寄りに振り回されながら、マディは無事に旅行を終了することができるのか。

あらすじを読んで、おーこれは頭使わなくてよさそうな、と思って読んでみた。元々使う頭がないことは棚上げした。予想通り一気に読めていっぱい笑える、ユーモアミステリーの一冊だ。
作者のハンターはロマンス小説出身らしいが、それにふさわしく(?)、お年寄りの間にさえあちこちに花咲く恋愛模様、恋のさやあて。そんな枯れないおじいちゃんとおばあちゃんに、一番若いはずのエミリーは押されっぱなしで、そんな彼女のヒステリー気味の泣きべそが可愛いよ。

私自身は団体旅行に1回だけ参加したけど、確かに食事の席では色々と考えなきゃいけなかった。添乗員さんの愚痴話にも付き合った。勿論こんなトラブルは一切なかったが、あの空気を思い浮かべれば、あったっておかしくない、と考えてしまう。トラベルミステリーというジャンルがあるのが良くわかる。

ドタバタ好きで、元気なお年寄り話が好きで、ただ笑いたい人向きのお手軽ミステリー。だけど質は決して低くないよ。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-03 13:19

「バビロンまでは何マイル」(上・下)

e0111545_1323575.jpge0111545_1324824.jpg
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著、原島文世訳
「バビロンまでは何マイル(上下)」
東京創元社 (2006/3/22)


タイトルを聞いた時、最初は川原泉のマンガかと思ったんだったな。

一筋縄ではいかないぞ。見えるものを信じちゃいけない。
ジョーンズの本を読む時の心構えなのだけど、今回はもう一つ加わった。
偶然の一致などというものはない。

地球担当のマジド(魔法管理官)であるルパート・ヴェナブルズ。欠員の出たマジドの候補者探しと、異世界の帝国の後継者探し、という面倒な仕事を一気に抱える羽目になる。
新マジド候補者の一人であるマリー、従兄弟のニック、謎の隣人などが次々と起こす面倒に東奔西走させられるルパート。果たして無事に任務を終了することができるのか。

ウィットに富んだユーモアと鋭い皮肉、さっくりと酷で、あっさりと優しいハッピーエンド。この前に読んだデイルマーク王国シリーズが全面シリアスだったので、久しぶりにジョーンズらしさを満喫した。
ジョーンズは主人公の恋愛模様も良く描いているのだけど、今作でも相変わらず不器用で素直じゃなくて、全然しっとりとならないの。描きたいことの主眼はあくまでもその世界にある、というのが彼女流なのかな。
かと言って、登場人物の描き方が足りないわけでは決してなく。今回も主人公ルパートを始めとして、個性豊かな面々が勢ぞろい。多次元世界を行ったり来たり、慌てふためいてあがく様子が克明で、クライマックスに近づくにつれ、正に手に汗を握って読みふけった。

原題は「Deep Secret」だが、作中で大きな意味を持つ詩が、マザーグースの「バビロンまでは何マイル?(How many miles is it to Babylon?)」だったので、このタイトルになったんだろうな。
元々は6行の短い詩を見事にふくらませてクライマックスに使っているのだが、じゃあこの詩が全ての中心かというと、決してそうではないところがまたジョーンズらしい。そのような大事なキーファクターをしっかりと据えながら、それを上下左右から囲む世界は非常に緻密で、どんなにユーモアに溢れていようと、その堅固さは揺るがない。
ちなみにバビロンの詩以外にも色々と彼女が遊んで引用しているものが多々あって、イギリスのファンタジーや聖書に詳しい人にはなかなかおいしい内容となっている。

この世界は多次元構造になっていて、しかも正域・負域に分かれているという。正域というのは魔法が信じられている世界であって、地球は負域に入るらしい。
そんな中でその世界内での仮の姿を持ちながら、秘密裏に様々な出来事に関わって力を及ぼすマジド達。更には上界という、天国の神様達みたいな存在もいるんだって。
設定としては非常に目新しいというものではないのに、問題なく受け入れてのめりこんでしまうのはなんでだろう。ジョーンズという稀な実力を持った作家は、例え遊び心いっぱいで書いたにせよ、これだけのものを創ってしまうのだなあ。
そうして一気に読み終えても、全体を把握したという気になれないのもいつものこと。読めば読むほど、何か足りないものを見つけてしまい、しかもそれは本を閉じた途端に滑り落ちていくんだよ。

ラストシーンがまた傑作で、実は彼の存在はこんな大きかったのかと驚く仕掛け。そしてこの彼が活躍する作品が続くらしい。
彼がやったことは、上界のメンバーに記憶を抹消されても良いように備えたこと。私も彼のように、読みながら浮かんだ思いを、解釈を、何かに常に書き残していくべきなのかな。でもそんな歯がゆさも、既にジョーンズの仕掛けの一部かも。
[PR]

  by wordworm | 2006-08-01 13:21

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE