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読書記録:2013年5月

日本人の矜持

藤原正彦 「日本人の矜持」

大好きな藤原先生の、9人の方々との対談集。斉藤孝氏、曽野綾子氏、佐藤優氏、ビートたけし氏などの名前を見て、即行で手に取った本@ブック○フ。
聞き手に徹するのではなく、藤原先生もガンガン自説を述べるので、各氏との掛け合いが面白い上、そういうことを考えていらっしゃる方々なんだ、という発見も沢山。
日本の小説は苦手なくせして、エッセイや対談は好きなんだよなあ、やっぱり。


特捜部Q-キジ殺し

ユッシ・エーズラ・オールスン 「特捜部Q -キジ殺し-」

シリーズ1作目が本当に面白くて、2・3作目を一気購入。勢いが落ちるかな、という危惧はなんのその、事件の面白さもさることながら、キャラがまた一段パワーアップして、目が離せないったら。
事件は残虐で後味も悪いのだけど、それでもぐいぐいと引きつけられて読んでしまうのは、決して怖いもの見たさではない、と思うのだ。


特捜部Q-Pからのメッセージ

ユッシ・エーズラ・オールスン 「特捜部Q -Pからのメッセージ-」

3作目も、しみじみ、すごいのだ。なんていうか、迷路にはまり込んで周囲が見えなくなるミステリー。
迷路の壁や方向に気を取られているうちに、その一本向こう側で着実に進んでいる、という感じ。
アサドだけでも十分謎なのに、ローセは一体何者と思えば良いのだろう。
カールの恋の行方も家庭内のあれこれも、とにかくとにかく、密着していくしかないシリーズだ。


策謀と欲望

P・D・ジェイムズ 「策謀と欲望」(上下)

80年代の女流ミステリー作家ブームの時に、重鎮というイメージで君臨していたP・D・ジェイムズ。
看板のダルグリッシュ警視シリーズは数作持っているが、全作集めたい、というほどではなかったのだけど、こうやって時間を置いて触れてみると、やっぱり上手い、渋い、重々しい。英国、という言葉が良く似合う。
原発に反対する村で起こった事件ということで、そんな興味もあって手に取った。
率先してではなくとも、やっぱりたまに著作を集めてみたくなる。


奇跡の脳

ジル・ボルト・テイラー 「奇跡の脳」

脳卒中を起こした脳科学者が、自らの体験をまとめた本。脳卒中を起こしている最中から、その後の回復過程で発見したことなど、その素晴らしい描写と内容に感動せずにはいられない。
人間は一生の間に脳の数%しか使わないそうだが、残りを目覚めさせることができたら、一体どんな世界が待っているのか、と空恐ろしくなるぐらい。
が、脳の使う領域が変わることで、そんな野心なども脱ぎ捨てて、悟りの世界に入り、「幸せ」でいられることができる、というテイラー博士の体験談。
では、懸命に悟りを開こうとしている人々の努力は、結局科学的に操作することができると切り捨てられてしまうものなのか。
様々なことと折り合いをつけるという意味でも、手がかりが多い本である。


濡れた魚

フォルカー・クッチャー 「濡れた魚」(上下)

1929年のドイツ、ヒットラーが台頭していたベルリンが舞台の警察ミステリー。
主人公のラートは、ヒーローからは程遠い存在で、彼の葛藤や苦悩に一喜一憂させられる。途中辛くなって、しばし本を置いたぐらい。
だからこそ、クライマックスからラストにかけて、読んで良かった、という感を非常に強くさせられた。
シリーズ物だそうなので、次作の翻訳が待ち遠しい。


雪の女

レーナ・ヘトライネン 「雪の女」

北欧ミステリーが次々に翻訳されているけれど、こちらのその中の一つ。
フィンランドを舞台にした警察小説。巡査部長のマリアが主人公。
北欧ミステリーには面食らうというか、え、ここでこうくるの?という描写が多いのだが、それは単にアメリカと英国のミステリーを読み慣れているせいであって、各国それぞれのミステリーがあるのだなあ、と当たり前のことを今更に発見中。日本って、ほんとに良い国だなあ……翻訳本の数は、きっと世界一。
この本もとても面白くて、マリアの淡々と着実な捜査が心地良い。女性ならではの事件と、女性ならではの共感あってこその解決が見られる。
こちらも、続きが楽しみなシリーズ。


たのしいムーミン一家

トーベ・ヤンソン 「たのしいムーミン一家」

なんで今頃、なのだけど、あまりに昔に読んだきりなので、中年になった今、どういう風に感じるかなあ、と思って読んでみた。
もうアニメの内容もほとんど忘れてしまったけれど、オリジナルはやっぱり別物。どこか枯れたような雰囲気や、白夜がきっとたまらなく嬉しいだろう、という想像は、オリジナルだからこそ感じるもの。
アニメのスナフキンに憧れた友人達は多いけれど、オリジナルのスナフキンはどうだろう。


裏庭

梨木香歩 「裏庭」

友人に借りた本。
「秘密の花園」、と思いきや、もっと現代版というか、期待していたようなファンタジー色は薄かった。
それは、ちょっとした言葉使いや文章に、そう思わせるものが時々見うけられたから。
日本人のくせして、どうも日本の小説に入り込むのが難しいのだけど、梨木さんの本は好き。
期待していたものと違っても、最後までゆっくりとページを繰らせてくれるのだ。
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  by wordworm | 2013-06-16 12:17

「西の魔女が死んだ」

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梨木香歩著
「西の魔女が死んだ」
新潮社 (2001/07)
ISBN-10: 4101253323

映画化されたという話を聞いて、久しぶりに本棚から引っ張り出して読み直してみた。
前に読んだのは数年前だけれど、今読み直してもまた新鮮で、多分その時とはまた違った感想を抱いている。

中学に入ってから登校拒否になった少女、まいは、母方の祖母の家に預けられることになった。
祖母との生活に少しずつ馴染みながら、実は魔女の血筋だ、という祖母とのやりとりを通して、「魔女修行」を始めることになる。

この本は、私の母が私に「いい本だから」と、発行間もない頃にくれたもの。1994年の初版本(楡出版)という、今では貴重品である。
ジャンルとしては児童文学に入るらしいが、大人の私にも十分に応えてくれる、いや、むしろ親となった身であれば、余計に染み入るものがある。
以前に読んだ時は、まだ生まれて間もない頃であったうちの娘も、今ではもうすぐ14歳。まいと同年代であり、思春期のあれやこれやの悩みが日々増えてきた頃であることが、またその気持ちに拍車をかけるのだ。

「魔女修行」といっても、魔術やおまじないを習うものではない。そもそも、それは祖母のいう「魔女」ではない。
ハーブや草木の様々な知識を持ち、それが生活の一部であり。研ぎ澄まされた感性でもって、物事の先を見通す。
その見通しは瞬間の訪れであったりもするが、大事なことは、自らの意志で呼びこむものであるべき、ということ。それが祖母やまいの家系の持つ力、なのだと説明される。

そういった力を身につけるための修行とは。精神を鍛えるため、といって、祖母がまいに提示したものは。
早寝早起き。
食事をしっかりとる。
よく運動して、規則正しい生活をする。

そういう生活をベースとして、しかし一番の必須条件は、「自分で決める」ことに尽きるのだ。
外からの刺激に動揺しないように、直感を大事にしながらも、それに囚われることのないように。
言葉にすればこれだけのことでも、それが確実に実行できる大人が、一体どれだけいることか。

魂と身体について、死について、祖母がまいに語ること。これがまた、この物語の鍵である。
身体があるからこそ、様々なことを学ぶ魂が、いつか成長の果てに、その身体から自由になる。

心身共に、とか、身も心も、という言葉を、我々はたまに口にするけれど。魂を人の核とするなら、身体が健全であるべきことは、あまりに当たり前のことなのだ。
それなのに、どこかで別個で考える傾向にある私達。実は車の両輪であって、どちらが欠けても成り立たないのだ、ということを、この物質社会で忘れかけてはいないだろうか。
加えて、自然、という荒々しいものとの共存共栄。これも、忘れがちな感覚ではないか。
魔女の血筋ではなくとも、この修行は私達こそが実践していくべきことの、基本中の基本である、と。

ラストの数ページに涙ぐむ。魂というものの力を思い知る。
アメリカに来て以来、何万通りものイントネーションで聞いた覚えのあるフレーズ、「アイ・ノウ」。祖母の口から出たこの言葉は、無限の包容力でもって、まいをくるんで癒すのだ。

自分の娘を前にして思うのが、私がまいの祖母のような存在でいられたら、という願いが、ただひたすらに、一筋に。
日々、これ修行、なのである。魔女である必要はなく、ただ一人の人間としての、私なりの修行がいる。
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  by wordworm | 2008-07-02 03:38

「闇の守り人」

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上橋菜穂子著
「闇の守り人」
偕成社 (1999/01)
ISBN-10: 4035402109


女用心棒バルサのシリーズ、2作目。前作の「精霊の守り人」では、バルサ自身についてはあまり語られなかったが、今作では彼女が養い親の故郷に出向く。

バルサを連れて村から逃亡を図ったジグロ。故郷では悪名だけを残す彼のその行動は、実は親友の命をかけた頼みを受けてのことだった。ジグロの汚名をはらすべく、色々と探り始めるバルサだが、そこには王を始めとする、様々な陰謀が隠されていた。

児童書と思って侮るなかれ、これはひきこまれる一方のファンタジー。バルサという女性自身の魅力もそうだが、舞台設定も脇役も見事に創り上げられているので、文体こそやや児童向きだが、内容はファンタジー好きの大人でもはまらせるだけの力がある。

前作での主人公はチャグムという少年で、彼の成長ぶりも物語の要となっていたが、今作ではやはりカッサという少年が、物語において大事な役割を果たす。読者が感情移入しやすい登場人物をしっかりと据えた上で、バルサというシリーズ全体を通しての主役をもう一方の軸として、シリーズ全体を形作っているようだ。といっても、まだ2作しか読んでないんだけど(舌を出しながら)

大人で、一応生物学上の女である私としては、やはりバルサに魅かれるのであって。強くて逞しくて弱音は吐かず、見えないところで涙を流し、心のうちに秘めた思いもある。たまりませんがな。
しかしそんなバルサの優しさや強さを知ることができるのも、健気にがんばる少年少女がいてくれるから。彼らを支え、成長させてゆく、そばにつく大人としての役割。バルサ個人の悩みも目的も、子供を守る役目も、どちらが欠けてもここまで魅力的にはなりえない。

シリーズとして、あと4冊発刊済。と思ったら、昨年末からすでに更に3冊出ていたらしい。1巻目がようやく文庫化されたところみたい。
……どこまで待つべきか。ひたすら古本を待つか。
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  by wordworm | 2007-03-29 10:31

「ちびくろ・さんぼ」

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ヘレン・バンナーマン著、光吉夏弥訳
「ちびくろ・さんぼ」
瑞雲舎 (2005/4/15)
ISBN-13: 978-4916016553


トラがバターに変わるお話。私の世代では知らない人の方が圧倒的に少数だった、「ちびくろ・さんぼ」の絵本。
黒人差別と非難され、1988年に一斉廃刊になった為、お嬢が生まれた後に読ませたいと思ったものの、その頃は手に入れることができなかった。
1999年に出版された復刻版の本を、先日友達が日本で買いもとめてきた為、お嬢にはもう遅いとは思ったが一度目を通させたくて、何より私がもう一度読みたくて貸してもらった。

あの頃は薄ぼんやりと聞いただけだった、ちびくろさんぼの廃刊騒ぎ。同様にカルピスの絵が変わり、ダッコちゃん人形も製造中止になったことも、うっすらと記憶している。
今回再読するにあたり、ちゃんと経緯を知りたくて、ネットで辿ってみた。ある意味すでに終結した騒ぎなので、まとまった形での情報が多く、わかりやすいものだった。

自分自身が子供の頃、何も疑問に思わず触れてきたものばかりなので、それらがこのような大騒動になったというのは、どこか遠い世界での出来事のようで。しかし廃刊論者の方々からは、こんな姿勢を持った人間がいること自体が腹立たしいことなのかもしれない。
人種差別というものは、周りの大人が仕向けない限り、幼い子供に根付くものではないと思うのだけど。カルビスがカルピコに変わった理由とか、BMという缶コーヒーがなぜなくなったかとか、そういう話ならわかりやすくて良かったのにね。
そんなことを一旦遠くに置いといて、改めて読み直した「ちびくろ・さんぼ」は、やはり楽しいお話でした。「ちびくろ・さんぼ2」もあったんだね。全然記憶にないけれど。

この本のことを思い出すたび、頭の中はバターをたっぷり落としたフライパンで焼いたホットケーキでいっぱいになっていたのだけど、改めて読み直して驚いた。
「とうとう、みんな どろどろに とけてしまいました。あとには、ばた(いんどでは”ぎー”といいます)の おおきないけが のこっただけでした」
原作者のヘレン・バンナーマンが、イギリス軍人だった夫についてインドに駐在していた間、娘の為に書いたこの本。
ホットケーキをギーで焼いたら、国境を越えた味と香りになるのかな。
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  by wordworm | 2006-07-23 09:23

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」

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J.K.ローリング著、松岡祐子訳
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」
静山社 (2006/5/17)
ISBN-13: 978-4915512575


第6巻の日本語版。
ハリポタは原書で読んでいるが、日本語は日本語で楽しみたくて揃えている。訳のイメージが違うところはあっても、それはそれで楽しめるし、訳者の工夫が色々とわかって面白い。

で。日本語で読み直してみたけれど。
どうしたって、あの悲劇は変わらないのだね……(さめざめ)
なんか、自分で自分の傷口に塩をぬったくったような気がしたよ。これが正しい自虐プレイ。

最新のローリングのインタビューによると、最終の7巻では、さらに主要人物が2人死ぬらしい。ハリー自身もどうなるかわからないらしい。
寄せられる感想は賛否両論様々だが、少なくとも1巻を読んだ時点で、このような展開を予想した人はほとんどいなかったのではなかろうか。成長に伴う痛みと言っても、ハリーの場合は並大抵という言葉を遥かに超えたものであるからね。

今回ハリーが失ったものは、少年期の終わりを目前にした彼に最後の一押しを与えるものであったとはいえ、その苦痛と悲哀は計り知れない。
が、そこでハリーは、いよいよ真の意味で、自分の手で自分の運命を切り開く決意を固めることになる。終わりの方は涙なしには読めないが、そんなハリーへの誇らしさが最後に救ってくれる。

しかし、本当に次巻の展開は不安の一言。ハリーの肩にかかっているものが多すぎる。戦わねばならないものが膨大だ。それを一体どうやって1巻でまとめきるのか。
万人に諸手を挙げて受け入れられることなど不可能だけど、それでもこれだけの読者を呼んだ小説なのだから、どうかできるだけ多くの人が納得できる結末であるように。
それ以上に、例え一人も賛成しなくても、ローリング自身が後悔のない出来であるように、と願わずにはいられない。どんな作品も、最後まで創り手のものだから。


まあそんなキレイ事は置いといて。
とにかく私たちがまだアメリカにいるうちに7巻が発売されればオールオッケーです。
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  by wordworm | 2006-07-06 09:33

「クローディアの秘密」

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E.L.カニグズバーグ著、松永ふみ子訳
「クローディアの秘密」
岩波書店; 新版版 (2000/06)
ISBN-13: 978-4001140507


知り合いのお嬢さん@社会人が、うちのお嬢にと下さったものなのだけど、日本語の本をお嬢に与える→私に読み聞かせをさせるという図式になる為、彼女にはいずれ原書をあてがうことにして、こちらは私が存分に読ませていただいた。某放送局の「み○なの歌」で「メトロボリタン美術館」というのがあるのだが、この本を参考にしたと聞いて買われたらしい。

ニューヨーク近郊に住む11歳の少女、クローディア。長女という立場の不公平さに不満を持つ彼女は、綿密に計画をねった上で、弟のジェイミーを誘って家出する。
行き先はニューヨークのメトロポリタン美術館。ここで隠れて生活する間に、ある天使像を目にする。それはミケランジェロ作ではないかと言われて調査中のものだったが、すっかり惹きつけられてしまったクローディアは、独自にその秘密をつきとめようとする。

子育てをする上で、その年齢の時の自分が何を考えていたのかを思い出そうとすることは多い。11歳のクローディアはたまたまうちのお嬢と同年齢ということで、彼女の冒険を読み進める私の視点は、子供の読者とはかなり角度を違えていたと思う。

クローディアは元来非常に慎重で、石橋を叩いて叩いて、ようやく踏み出すようなところがある子だ。かと言って行動力がないわけではなく、ただ細部まで計画を立ててから動き出すというタイプであって。
この家出も、美術館というところに目をつけたのは大したもんだとほめてあげたい。確かにレストランもトイレも、噴水のシャワーもあるんだもんね。夜はこっそり隠れて、昼は何食わぬ顔をして見学なんて、本当に良く思いついたね。
そして天使像に魅せられて、自分なりの精一杯で調べて考えて。いつか自分が本当に求めていたものに気づいたね。

何回も思うことだけど、本にもやっぱり出会うべきタイミングというのがあって。その年齢で読んだからこそ感動する、という時が必ずある。大人になって出会う児童書も良いけれど、それはもう、あの頃の自分が読んだものとは確実にどこかが違うのだ。
11歳の頃にこの本を読んでいたらどうだったか。クローディアと同じように冒険してみたいと思ったり、美術館という場所がどこか特別なものに思えたりしただろうか。それはあまりに沢山ある”もし”の一つに過ぎなくて、正解を引き当てることはできないけれど。

あの頃の自分が抱えていた、「何か、どこか」というあの思い。特別な何かが欲しくて、特別な何かになりたくて、でもそれはいつもあまりに遠くにあるようだった、あの焦りにも似た感情。大人になってから、実はその答えはとても近くにあることに気づいたりするのだけど、そんな未来のことなどわからなくて、ただぼんやりとそんな気持ちと同居していた日々だった。

こちらの図書館で原書はすでに見つけて、予約も入れてある。クローディアと同じようなことを感じるようになっているらしいお嬢に、いいタイミングで渡せるといい。
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  by wordworm | 2006-02-11 12:25

「Charlie and the Great Glass Elevator」

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Roald Dahl著
「Charlie and the Great Glass Elevator」
Puffin; Reissue edition (June 1, 1998)
ISBN-10: 0141301120


「Chocolate Factory」の続編。
前作では工場という一つの場所で、限られた登場人物で、見事にまとまった世界を創り出したダール。が、この続編では、むしろどんどん外に広がって、宇宙からホワイトハウスまで巻き込んだスラップスティックな世界に変わる。

面白いことは面白いのだが、やはり前作に完全に軍配を上げざるをえない。
エレベーターで宇宙に飛び出して宇宙人と戦ったり、大統領や宇宙ホテルが絡んだり、若返りの薬が出てきたり。それぞれが小エピソード的にまとめられているのならまだしも、1冊の本(しかも実は1日経ってない)の中でここまで色々やられると、ウォンカ氏という天才を過度に利用しすぎた感じは否めない。
魅力あるキャラクターが生まれると次々と連作が作られて、ああやっぱり最初のが一番良かったね、となるのは、ディズニーで証明済(私情)。もしかして前作では、チャーリーという男の子を存分に描いてなかったと感じたのか。

しかし、ダールの想像力に改めて感心する本でもある。
お嬢のお薦めの別なダールの本にも、手を伸ばそうか思案中。
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  by wordworm | 2005-08-30 05:02

「Charlie and the Chocolate Factory」

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Roald Dahl著
「Charlie and the Chocolate Factory」
Puffin (June 1, 1998)
Language: English
ISBN-10: 0141301155


映画を見て、どうしても原作を読んでみたくなったので、お嬢に借りた。
一緒に観に行ったお嬢や友達が、映画を見終わった後、原作と比べて「すごく良く似てるけど、全然違う」と言って、なんのこっちゃと思っていた。そうしてようやく、表面上は非常に原作に忠実でも、根本の設定を大きく変えてあるので、かなりの点でオリジナリティの高い映画だったということがわかる。
ウィリー・ウォンカは原作ではもっと突き抜けてるのだね。ジョニー・デップに焦点をあてる為には、あのように葛藤するキャラになるのか。

お菓子の種類、原作はさらに数倍。ウォンカ氏の天才ぶりというより、ダールの想像力の逞しさ。口の中がよだれでいっぱい。
ウンパルンパの歌、映画ではほとんど聞きとれなかったのが(涙)、おお、そう言ってたのか!と納得する。ある意味、説教気味でもあるが、読者である子供にわかりやすく伝える為でもあるのかも。
ガラスのエレベーターに一家で乗り込んだチャーリー達。そして更なる冒険が待っている。
ということで、次巻の「Chaelie and the Great Glass Elevator」を読み始めよう。

ところで今日、昼食の後に気分が悪くなり、夕食の支度をしている最中に数回立ちくらみを起こした。これはやはりこの本のおかげで英語アレルギーが(ちょう言いがかり)(単なる食べすぎだろう)
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  by wordworm | 2005-08-27 05:06

「アブダラと空飛ぶ絨毯」

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ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著、西村 醇子訳
「アブダラと空飛ぶ絨毯」
徳間書店 (1997/08)
ISBN-13: 978-4198607517


「ハウルの動く城」の姉妹編にあたる。

ハウル達は今回脇役で、主人公は若い絨毯商人アブダラ。ある日手に入れた魔法の絨毯に運ばれた先で、王女と巡り会い、恋に落ちる。しかしいつの世も身分違いの恋は前途多難で、アブダラも大層苦労することに。
そんな彼の前に助っ人や追っ手や色々と現れるわけだが、これが揃いも揃って個性派というかなんというか。こういう性格設定&大騒ぎに、ジョーンズの遊び心が伺える。

元々ハウルもこの本も、”空を飛ぶ城”をモチーフとして書き上げられたものらしいが、個人的にはやはりハウルの方が、筋立てにより工夫が凝らされていて面白い。
だがこのアブダラの方、登場人物が一筋縄でいかないことこの上なく、え、こんな!?というトリックが隠されていて、パズルの謎解きのような楽しさがある。ハウルを読んでから読まないと、その楽しさは半減だが。
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  by wordworm | 2005-07-17 06:45

「バッテリー」

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あさのあつこ著
「バッテリー」
教育画劇 (2005/1/7)
ISBN-13: 978-4774606361


大好きな児童書で、つい先日、最終巻となる6巻が発売になった。
感動を最高のものにしたくて、一気に1巻から読み通すべく、今日を予定していたのだ。なんて嘘だけど。

これは中学校の野球部に属する少年達の物語である。
ピッチャーになるために生まれたような一人の少年が新しい町に引っ越し、その彼と最初にその町で会った少年とバッテリーを組むことになる。

より速いボールを投げること、それが全ての存在理由であった少年を中心として、様々な野球部員や大人たちが絡み合い、決してただの物語に終わらない。
純粋にボールのみを見つめ続け、他者を視界に入れようとしない少年に対して、憤る先輩部員、慕う友人や弟、打ち崩したいと挑む他校の強豪、傲慢さに怒りと不安を抱く大人たち。

登場人物は多数で、それぞれ抱く思いも見事に鋭角に描き出しつつ、あくまで核はタイトル通り、巧と豪というバッテリーにある。
なぜお互いを唯一無二の相手と思ったのか。そしてそのままどこまでいけるのか。出会い、脅かされ、悩み、沈み、そしてまた見出すもの。その答えはなんであったのか。
ボールだけと向き合ってきた巧が、少しずつ周囲の風景に、そして人間に目を向け始める。自分一人で立つという意識は変わらないものの、土台と背景が鮮やかに色づいていく。

ただ野球が好きだという少年達にとって、やはり敵役は大人になる。何からも囚われたくない、縛られたくないと願う彼らにとって、そういうことも必要だとする大人達の言葉や行動は、わずらわしい枷にしか映らない。

すでに大人になってしまった自分から見て、出てくる言葉は平凡で、投げかけるものさえ持たない。彼らのひたむきさに感じる眩しさと。こんな頃があったなあ、という気恥ずかしさと。
いつかは大人になる少年達。そして、その時には憎く見えたものでさえ理解できるようになる力をつけられるかどうかは、この純粋な時期に自分をどれだけ育てられるかも大きいと考える。
真っ直ぐに好きで、殻をかぶってみせて、目をそらそうとして、向き合おうとして。器のいっぱいのところまで悩んで反抗して歩めばいい。
それが例え大人から見れば、無駄なことこの上ないような青さのものでも、その時その思いが全て上る為のステップになる。そしていつかもっと高みで、その小ささを苦笑と共に見下ろすことができるから。その高みすら、果てはないのだから。

「野球てのはな、人間がやるから野球になるんだ」

彼らに向かって放たれた言葉ではないけれど、彼らという存在そのもので、その言葉を体現していく、もどかしくも澄み切ったその過程。
何かを思い出したい時に、直面しなければならない時に、言葉を超えて感じさせてくれるものが、確かにここにある。
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  by wordworm | 2005-01-20 11:05

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